The Unisphere, attributed to "uribe"/Uri Baruchin

 紀元前150年前後にキリキア地方(現在のトルコ)のマルスで(キュニコス派の哲学者クラテス (Crates of Mallus) によって作られた地球儀が、最古のものとされている[1]。中世においては、イスラム世界で地球儀が製作された。地球儀として作られ、現存している最古のものは1492年にドイツのニュルンベルクでマルティン・ベハイムが製作したものである。

                                                                   

地球儀〈長崎県指定有形文化財〉[松浦史料博物館蔵]

 

 1700年頃にオランダのファルクが作成した地球儀が世界中で用いられ、日本の平戸藩主松浦静山が入手した実物が現在も松浦史料博物館に保管されている。 

 日本では、1606年に林羅山がキリスト教徒が唱える地球球形説を論難してハビアンと議論した際に登場した「円模の地図」が地球儀であったとされている。その後、渋川春海や司馬江漢が西欧のものを真似て地球儀を作成し、本木良永も地球球形説を支持した。

 

 

 日本に地球儀が伝来した正確な年代は不明ですが、天正8年(1580)には、すでに織田信長が地球儀を所有していたことがルイス・フロイスの『日本史』に書かれています。これは、信長が宣教師にどうやって日本に来たか地球儀の上で説明させたところ、その遠大なルートに信長はいたく感心したという話です。
 その後、天正19年(1591)には、天正遣欧使節が豊臣秀吉にヨーロッパ製の地球儀を献上しています。

 江戸時代に入ってからは、国内でもさまざまな地球儀が制作されましたが、庶民が地球儀を知ったのは明治時代になってからです。

 

 

 

                                                       これは庶民が初めて見た地球儀。

 

       1492年マルティン・ベハイムが作った地球儀。

 現存する最古の地球儀でもある。この地図を現在の地図と重ねるとジパングはメキシコあたりにあることになっている。トスカネリの地図と合わせてみるとコロンブスの世界観は当時の最新のものだったといえる。

 

マルティン・ベハイム

 1459年頃にニュルンベルクで生まれ、商業の道を歩んでいたベハイムは1484年にポルトガルのリスボンに赴き、うまく自分を売り込んで当時の国王ジョアン2世の航海委員会の委員になっています。

 実際に、いくつかの航海にも参加したようです。一時的にニュルンベルクに戻ったベハイムは、リスボンで聞いた世界の広がりについて触れ回り、その話を聞いたニュルンベルク市がベハイムに地球儀製作を依頼しました。

 

 

 大航海時代を通じて、こうした命がけの航海による実証と、その結果を受けた世界観の修正の繰り返しによって、徐々に正確な地球の姿が明らかになっていきます。その後、冒険航海は18世紀まで続きますが、経度を正確に計るクロノメーターなど地図作りに欠かせない新技術も開発され、地理的な謎はほとんど解き明かされるに至り、大航海時代は終わりを迎えます。 

なぜ地球儀は傾いているのでしょうか?

 リプルーグル地球儀の多くは球が23.5度傾いて取り付けられています。これは地球の北極と南極を結ぶ地軸が、地球が太陽の周りを回る軌道面に対して23.5度傾いているからです。地球は常にこの傾きを保ちながら太陽を一周しますから、日の出と日の入りの位置が日々少しずつ変わり、日本では日照時間が一年を通じて毎日変化して季節を作り出します。

(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

地球儀専門店 http://www.globe-shop.net/

ASIOS- 聖徳太子は超古代文明の地球儀を使っていた?

http://www.asios.org/shotokutaishi.html

帆船時代 http://www.kudos-marine.com/hansen-3.html

バイエル・クロノメトリー時計博物館 http://www.beyer-ch.com/

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